生出泉太郎氏の藍綬褒章受章祝賀会、盛大に

 日本薬剤師会の生出泉太郎副会長の藍綬褒章受章祝賀会が、2月8日に宮城県仙台市の勝山館において盛大に行われた。

 日本薬剤師会では副会長や常務理事などを務め、担当役員としては一般用医薬品などの規制緩和対策や、薬剤師教育問題などに尽力。

 さらに4年前に発生した東日本大震災では、地元宮城県を知る薬剤師としてまさに災害対策の最前線に身を投じるなど、文字どおり身体を張った活躍を見せてきた。

 今回の藍綬褒章はこうした功績など認められたもので、今後の更なる飛躍に期待が高まる一方だ。

 また生出副会長は小紙で連載『薬剤師が本気で取り組むOTC』を長期間にわたり筆を執っており、“薬局新聞ファミリー”としてもお祝いを申し上げたい。


各団体の主要幹部ら300人以上が参集

会場には300人を超す関係者が来場、生出副会長の藍綬褒章を祝った
会場には300人を超す関係者が来場、生出副会長の藍綬褒章を祝った

 生出泉太郎副会長の藍綬褒章受賞祝賀会が行われた仙台市の勝山館は、明治時代から皇族や政府の要人などが利用する杜の都の迎賓館として祝い事が行われてきた会場。

 祝賀会当日も国会議員をはじめ、地元県議会議員、市議会議員などの政治方面から、日本薬剤師会、日本チェーンドラッグストア協会、日本保険薬局協会、日本薬局協励会といった主要団体から会長や主要幹部ら300人以上が出席した。

日薬・山本会長は友人として祝いの言葉を贈った
日薬・山本会長は友人として祝いの言葉を贈った

 最初に挨拶を述べた日本薬剤師会の山本信夫会長は、会長としての挨拶は冒頭のひと言にとどめ、友人として「30年間、せんちゃん・のぶさんの付き合いでやってきた。現執行部の中で最も信頼できる副会長である」と絶大な信頼感を寄せていることを述べるとともに、30年前の出会った当初の印象を「こんなに格好いい男が東北にいるのかと思った」と述懐。

 祝賀会場である勝山館を前にして「まさに生出泉太郎の面目躍如」と述べるなど、薬剤師会で共に歩んできた戦友として藍綬褒章受章の祝辞とした。


感謝の想いを胸に更なる地域の健康貢献誓う

おいで薬局のモットーは「薬は必要なときに必要な量だけ、薬局には健康相談だけでも気楽に」・東日本大震災の際は現場が混乱する中、自薬局の2階を県薬の臨時本部としたこともあった
おいで薬局のモットーは「薬は必要なときに必要な量だけ、薬局には健康相談だけでも気楽に」・東日本大震災の際は現場が混乱する中、自薬局の2階を県薬の臨時本部としたこともあった

 祝賀会には衆議院議員・松本純氏や参議院議員・藤井基之文部科学副大臣、衆議院議員・とかしきなおみ氏など多くの国会議員、地元宮城の県議・市議なども出席。

 松本議員は「明治15年に灌漑用水を完成させ、荒野に田畑をもたらせた功労者に贈られたのが藍綬褒章のはじまりで、その後も国民の公衆衛生の向上に寄与した人物に贈られている」と藍綬褒章の経緯を説明するとともに、「昭和53年においで薬局を開設された当時は処方せんの発行率はわずかだったが、今では全国平均70%を目前にしている。これまでの医薬分業の道を切り開くだけでなく、これからのセルフメディケーションを支援する薬局に求められる情報発信拠点として、新たな道を切り開くべく精進していただきたい」とエールを送った。

 謝辞を述べた生出副会長はこれまで携わってきた全ての関係者に御礼を申し上げるとともに、「家族を中心に処方せん調剤からセルフメディケーション、在宅医療まで担う健康ステーションとして、これからも取り組んでいきたい」などと述べ、亡くなった自身の母親の誕生日にこうした会を開くことができたことへの感謝の言葉を重ねつつ、挨拶を締めくくった。


薬局新聞 2015年2月25日付