広がるお薬手帳の電子化と問題点

 お薬手帳の電子化が全国各地で展開されつつある。

 記憶に新しいものとして大阪府薬剤師会が日薬学術大会で披露した「大阪e―お薬手帳」をはじめ、川崎市薬剤師会も会員店舗で電子お薬手帳の試験サービスを稼働させている。

 このほかにも調剤薬局チェーンが加盟する日本保険薬局協会(NPhA)も、お薬手帳の電子版を独自に開発し、会員店舗での運用が決まっている。

 その一方で薬局ごとに手法が違うお薬手帳の電子化が広まると、結果的に患者側を混乱させる可能性も指摘されており、普及に向けたハードルは高いのが現状と言えそうだ。

 

 ここでは先日開催されたくすりの適正使用協議会のセミナーで講演した北海道薬科大学・岡﨑光洋准教授の話を中心に、お薬手帳の電子化にむけた現状をまとめた。

 

異なる仕様での電子化普及で患者混乱の可能性も

北海道薬科大学 岡崎光洋准教授
北海道薬科大学 岡崎光洋准教授

 

 お薬手帳の電子化をはじめとする医療のIT化は、政府のIT戦略本部が掲げた「どこでもMY病院構想」が基点となっている。

 同構想のテーマとしては「国民一人一人が自らの健康医療情報を電子的に管理し、これを医療・介護・健康関連サービス事業者に提示して、どこの病院に行っても、かかりつけ医に準じた診療を受けられる環境の構築」を目指しており、日常的な健康・医療への貢献から、万が一意識を喪失した際でも電子的な情報にアクセスすることで、「いつでも・どんな状況下でも最適な医療を受けられる」ことをイメージしている。

 

 具体的な動きとしては2010年から厚生労働省、経済産業省、総務省が連携して電子化のためのフォーマット作りやデータの活用方法・個人情報保護などについて議論しており、レセコンの導入率や薬歴の電子化に積極的だった薬局が、どこでもMY病院構想の具体例として白羽の矢が立った格好だ。

 早ければ2013年中にもお薬手帳の電子化を制度として動かすことも想定されていた。

 

 お薬手帳の電子化事業に関しては、保険医療福祉情報システム工業会(JAHIS)が「電子版お薬手帳データフォーマット仕様書」を作成しているが、医療機関・薬局から受け取れる情報の標準化を進めたのみで、携帯電話・スマートフォンやICカードといった端末への取り込み方法に関しては、各システム会社の仕様に一任されているために様々な方式が入り乱れている状態だ。

 

 また、そもそもの問題点として“紙のお薬手帳を電子化しないと、どこでも・だれでも情報を活用できないのか”という素朴な疑問も残る。

 これについて北海道薬科大学・岡﨑光洋准教授は、「あくまでも生活者のために行うことが重要」と語る。

 

 同氏が薬剤情報提供料の算定割合を調べた結果、75歳以上の高齢者で算定割合が8割近くあり、また0~4歳児までの間も算定割合が8割近くに達した。

 一方で10歳~70歳までは算定割合が40%未満となっており、お薬手帳の持参率も低い傾向が示されていると指摘。

 こうした状況を鑑みると「全年齢の算定割合平均では55%となっており、お薬手帳の持参率にはバラつきがあることが示唆された。

 お薬手帳の電子化によって携帯性や保管性、薬局での情報記載や転記に効率化が図れるうえに、患者にとっても薬歴情報の見える化によって医療の個別最適化が図れる可能性がある」と述べ、紙のお薬手帳では漫然としていた情報へのアクセスが促進されると同時に、医療施設間の連携も加速できるとしている。

 

 さらに同氏が行った調査では、お薬手帳を毎回薬局へ持参する患者でも日常の外出には持ち歩かないことがほとんどで、携帯電話の所持率が極めて高い状況からも大規模災害などへの対応も期待されている。

 

 では実際に導入を進めている場合はどのような状況にあるか。

 川崎市薬剤師会は川崎市及びソニーと協力して『harmo(ハルモ)』と称した電子お薬手帳の試験を平成27年3月末まで行うことを発表。既に川崎市内の120薬局においてスタートし、その後は200薬局まで規模を拡大する方針だ。

川崎市薬剤師会では市・ソニーと協力し電子化の試験を開始
川崎市薬剤師会では市・ソニーと協力し電子化の試験を開始

 具体的な流れとしては薬局のカウンター付近にソニーが提供する非接触型ICカードリーダーを設置し、患者・利用者はICカード「ハルモ」を用いて情報を入手するが、薬歴などは個人情報を除いたかたちでクラウドサーバー上に保存されている。

 ハルモで読み取った内容については、スマートフォンからもアクセスすることができるため、調剤情報を確認でき、また離れて暮らす利用者の状況を見守ることなどにも用いることができる。

 ハルモを紛失した場合でも、クラウドデータに情報が残っているので、個人情報の流失にも対応できるという。

 

 平成23年11月から川崎市宮前区において20薬局1000患者を対象に実験を行ったところ利用者からは「こうしたICカードを待っていた」、「家族間で情報を共有できるので助かる」など、特に子育てをしている母親の世代から多くの支持が得られたという。

 

 一方、大阪府薬剤師会はスマートフォン用の無料アプリをダウンロードし、Felica機能を有している携帯であれば専用のリーダーにかざすことで薬情報が取り込める「大阪e―お薬手帳」をはじめた。

 Felica機能を有していない場合は、QRコードを読み取ることで薬情報を取り込むことができる。

 

 また、NPhAはクオールなどを中心に200店舗で電子お薬手帳の運用をはじめており、今後導入を検討している店舗と合わせると1500薬局以上で稼働することが視野に入っている。

 

薬局の利益ではなく患者の医療参画がベース

 

 しかしながら、現場における課題は少なくない。

 お薬手帳への記載は薬剤服用歴管理指導に含まれているものの、電子お薬手帳への情報提供は、現状ではサービスの一環で算定することができない。

 NPhAは電子お薬手帳の事業を稼働させると同時に、今回の調剤報酬改定にあたり、薬剤服用歴管理指導における算定要件を電子お薬手帳まで拡大させる要望も行っているが、大手チェーンへの逆風が強い今改定での導入は、極めて不透明な状況にある。

 

 また川崎市薬剤師会は試験運用に際して会員店舗へ機器設置の予算支援を予定しているが、予算として潤沢にはない中での事業であり、「金額に限度がある」と同会は話す。

 加えてICカードを発行する際には交通ICカードと同様にデポジット代が発生することもハードルとなり、これまで無料で発行していたお薬手帳が電子化すると一時金とは言え料金が発生することには壁があるという。

 

 とりわけ警戒される可能性があるのは、薬局ごとにICカードを所持するような事態だ。

 現状の紙のお薬手帳においても“薬局ごとに使用している”生活者は少なくない。

 自分の健康情報などにアクセスできるデバイスを持ち合わせたところで、情報の統一化が図れないのであれば宝の持ち腐れであることは言うまでもない。

 

 そして最も注意されるべきなのは「薬局のために事業を進めてはならない」点だと岡﨑准教授は警鐘を鳴らす。

 

 現在のお薬手帳の電子化はレセコン黎明期と同様に各組織・グループ単位での共有性がない。

 JAHISは記載内容に関するフォーマットは作成したものの、電子お薬手帳やお薬手帳アプリはまさに雨後の竹の子状態であり、「患者・生活者から見た場合、特徴が全くわからない」(同)状態でもある。

 

 さらに特定健診保健指導の特定保健指導に代表されるように、国民性として健康のために積極的な行動変容に繋げる機運にないのも確かな流れだ。

 岡﨑准教授は「女性は体調管理などのアプリを使用している事例が相当増えているが、全体としては医療に対して受け身なのは否めない」とし、国民全体が電子化されたメリットを享受するまでには「政府の予測では2014年からを掲げているが、実際はもっと時間が掛かるのでは」(同)というのが現状のようだ。

 

薬局新聞 2014年1月1日付