スポーツと薬学を通じ世界へ ロンドン五輪水泳出場 松島美菜さん講演

松島美菜 ロンドン五輪
松島美菜さん

 先ごろ開催された日本社会薬学会第32年会において、ロンドンオリンピックに出場した松島美菜さん(日本大学薬学部5年生)が招待講演として壇上に立ち、文武両道の難しさや今後の目標、またオリンピックでの思い出などについて語った。

 薬学生として初めての五輪出場選手ということで注目度は高く、講演会場には多くの人が訪れたが、さすがに世界を舞台に日の丸を背負って戦ったという経験は伊達ではない。

 大勢の薬剤師の先輩たちを前にしても物怖じすることなく堂々とした様子で講演する姿は非常に印象的だった。

 アスリートに特化した薬剤師を目指すという永島さんの、選手としてだけではなく、薬剤師としての今後の活躍も大いに期待したい。

 

「集中力」と「時間の有効活用」で水泳と勉強の両立を

 

 ロンドンオリンピックに水泳日本代表として平泳ぎ100メートルに出場した松島さんは、0歳のときにベビースイミングからはじめ、22年間にわたって水泳を続けている。

 「姉がやっていたのもあり、自分でも無意識のうちに始めていました」という水泳を本格的に取組み始めたのは小学生の頃で、選手としては14年目くらいになるという。

 「それまではスイミングスクールの友達に会うことの方が楽しみで、まさか自分がオリンピックに出場することになるとは思っていませんでした」。

 

 また薬剤師を意識するようになったのも小学校の頃で、「乳鉢や乳棒を使って薬を混ぜる薬剤師さんの姿に憧れて目指すようになりました」と、その当時を振り返る。

 

 松島さんは、高校時代から多くの国際大会に出場し、水泳レベルが上がっていったことでドーピング検査の対象選手になった。

 スポーツの世界ではドーピング検査があり、ある一定レベル以上の選手は、毎日1時間だけでも“居場所情報”を世界アンチドーピング機構に提出しなければならず、ある日突然提出した場所にドーピング検査員が来て検査を行うという話は、ほとんどの人が経験し得ないことであり非常に興味深い。

 

 「抜き打ちで来て、いつどこで検査するかわからないため、薬の問題には常に気をつけていました」と話す松島さんは、そうしたことも理由に大学への進学は伝統の水泳部があり、かつ薬学部に健康・スポーツ科学研究室がある日本大学を選んだと語る。

 

 水泳選手と薬学生という二足のわらじを履く松島さんの1日はかなりハードだ。朝学校に行って4時まで授業を受けた後、1時間ほど自習をし、それから夜10時まで水泳の練習。週に一度の休みを除いて、これを毎日こなしており、さらに大会などが近づくと朝練も加わるという。

 

 そのような生活の中で、松島さんが感じたのが文武両道の難しさだ。

 「いざ薬学の勉強をしてみると、多くの知識を学ばなければならないため、普段の勉強だけでは時間が足りず、知識の取得が難しいことに気がつきました」と、水泳と勉強の両立の大変さにあせりを感じていたという。

 

 そうした中、このスケジュールをこなしていくために、松島さんは“集中力”と“時間の有効に使うこと”を身につけたとし、「集中力は少ない時間の中で内容を濃くすることを目的に、例えば勉強では授業中にしっかり聞いて覚え、水泳の練習では一つひとつの練習を大切にして、より充実した内容にすることを目指しました。

 

 時間の使い方でも、まとまった時間のとれないスケジュールであるため移動時間の5分間でもいいので何かを覚えるなど、短い時間を有効に使うことを日々心がけました」と説明する。どちらも斬新と言うわけでは決してないが、言うは易く行うは難し。頭ではわかっていても実行することは容易ではなく、これを成しうる強い精神力も、長年スポーツの世界で培ってきた賜物といえるのではないだろうか。

 

経験活かし『スポーツ×薬学×世界』の実現目指す

 

 「忙しすぎて、ときには『なぜ薬学部に入ってしまったのか』『なぜ薬学生なのに水泳をしているのだろう』と考えることもありました」とハードな毎日に悩み、くじけそうになったこともあったと告白する一方で、「そういうときに支えてくれたのが友人たちでした」と、辛いときにこそ周囲の存在の大切さを強く実感したと松島さん。

 

 「いつも私のことを考えてくれて、ときには勉強を教えてくれたり、一緒に遊ぶ時間を作ってくれたり、本当に大切な人たちで心から感謝しています」。

 

 こうした感動的な話の一方で、オリンピックから帰国した翌日にはCBTの模擬試験が待ち構えていたというエピソードには、さすがに会場からも同情の笑いがおこり、松島さんも「練習のときも試験勉強のことが頭から離れず、事前合宿のときも勉強していました」と苦笑い交じりで振り返る。

 

 そのような目の回るほどの大変な日々も、今となってはいい思い出になっているようで、「ロンドンでオリンピックに出場していたのに、次の日には大学で勉強していて、2つの全く違う世界を行き来しているようで自分でも不思議な感じがしました」という言葉は、薬学生ならではの率直な感想であり、これまで水泳と勉強を頑張ってきた松島さんだからこそ言える言葉だろう。

 

 今後の目標としては、スポーツ選手としての経験も踏まえ、アスリートに特化した薬剤師になりたいと話す。

 

 「スポーツの現場で活躍し、さらにスポーツと薬学を通じて世界へと展開していきたい」と目標は高いが、松島さんの行動力と頑張りはオリンピックでの活躍が証明しているだけに、話を聞いていても十分に現実味を感じさせる。

 7年後の東京オリンピックには、選手として出場することは難しいかもしれないが、薬剤師として選手たちをサポートする松島さんの姿が見られることを心待ちにしたい。

 

薬局新聞 2013年11月6日付